『早春』(70)は、『手を挙げろ!』(67)がポーランド政府の検閲によって公開禁止となって以降、活動拠点を徐々に海外へと移し始めていたスコリモフスキ監督がイギリス・ロンドンと旧西ドイツ・ミュンヘンで撮影した青春劇。小規模作品ながら、ヴェネチア国際映画祭で上映されるなど大きな評判を呼び、今ではスコリモフスキの最高作の一本に数えられている。日本では1972年の劇場公開以来長らく劇場上映の機会がなく、ソフト化もされていないことからカルト的人気が年々高まっていた。今回上映されるデジタル・リマスター版では、その鮮やかな色彩や陰影が見事によみがえり、独特の映像美と主演ふたりの輝くような魅力を存分に伝えてくれる。
ロンドンの公衆浴場に就職した15歳のマイクは、そこで働く年上の女性スーザンに恋心を抱く。だが婚約者がいながら別の年上男性ともつきあう彼女の奔放な性生活を知るうち、マイクの彼女ヘの執着は徐々にエスカレートしていく…。ジャン=ピエール・レオー主演の『出発』(67)で19歳の青年が大人へと移行する瞬間を映し出したスコリモフスキだが、本作では、15歳の少年が初めての恋と性的欲望のはざまで逡巡する様を、ときにリアルに、ときにユーモラスに描き出す。主人公の少年マイクを演じるのは、『初恋』(70)で当時アイドル的人気を誇っていたジョン・モルダー=ブラウン。彼を魅了するスーザン役を、『アルフィー』(66)他多くの作品に出演していたジェーン・アッシャーが演じる。音楽を手がけたのは、ロンドン出身のシンガー・ソングライター、キャット・スティーヴンスとドイツのロック・グループ“カン”。いつの時代も色あせない思春期の普遍的な物語を、前衛的なイメージと若々しくエネルギッシュな映像で描いた『早春』は、恋に囚われた経験のある者すべてを、狂おしいほどに魅了する。
滑稽で悲痛な、甘美で苦しい、初恋。
スコリモフスキの『早春』は永遠に危うく不安な青春映画の傑作だ。