1983年10月1日、パリ生まれ。映画一家に生まれる。父はプロデューサーであり、古いイタリア映画を配給・修復するロナルド・シャマ、母はイザベル・ユペール、上の弟ロレンゾは名画座「クリスチーヌ21」のプログラム担当、下の弟アンジェロはアメリカで映画を学んでいる。幼少時より演技の仕事を始めたロリータ・シャマは、母イザベル・ユペールが主演したクロード・シャブロル監督作『主婦マリーがしたこと』(88)とヴェルナー・シュレーター監督作『マリーナ』(91)に出演することで映画界でのキャリアを開始した。15歳のときに、ローランス・フェレイラ・バルボザ監督の『現代の生活』に配役され、神秘的なティーンエイジャーを演じる。その後、コリーヌ・セローやクレール・ドゥニやクレール・シモンの監督作のほか、ミア・ハンセン=ラブ監督のデビュー短編『Après mûre réflexion』(04、未)、マルク・フィトゥシ監督『コパカバーナ』(10、未/主演はユペール)、ブノワ・ジャコ監督『マリー・アントワネットに別れをつげて』(12)等に出演。舞台では、コリーヌ・セロー演出作に二本出演している。一つはモリエール作『女房学校』(アニェス役)、もう一つはオスカー・ワイルド作『サロメ』(サロメ役)。近年、マリリン・モンローの自筆メモ・書簡・詩を編んだ遺稿集『マリリン・モンロー 魂のかけら』(井上篤夫訳、青幻舎)にインスパイアされて、自身で脚本を書いた一人芝居をおこなった。
1934年9月25日、仏マルセイユ生まれ。カペー王家の末裔。リベルテ誌の創立者である父親は、第二次世界大戦で戦死。1956年から57年にかけて、アルジェリア戦争に従軍。当初外交官を目指して高等師範学校で学んだが、俳優志望に転向。1959年にボリス・ヴィアン原作・脚本、ミシェル・ガス監督『墓にツバをかけろ』(未)で準主役を演じて映画デビュー。翌年『殺したいほど好き!!』(ジャック・ブールドン、59)とイタリア映画『十七歳よさようなら』(アルベルト・ラットゥアーダ、60
)で注目を浴び、後者以後イタリア映画への出演も積極的にこなすようになる。以後、主にフランスとイタリアで映画やテレビに出演し続けている。かつてはその美貌から、しばしばアラン・ドロンと比較された。そのほか、『狂った情事』(マウロ・ボロニーニ、60)、『橋からの眺め』(シドニー・ルメット、61)、『輪舞』(ロジェ・ヴァディム、64)、『熊座の淡き星影』(ルキーノ・ヴィスコンティ、65)、『昼顔』(ルイス・ブニュエル、67)、『デボラの甘い肉体』(ロモロ・グェッリエ
リ、68)、『殺意の海』(ウンベルト・レンツィ、69)、『トレイダー・ホーン』(レザ・S・バディ、73)等に出演。現在、『祖国は誰のものぞ』(ナンニ・ロイ、62)での共演がきっかけとなり、1963年に結婚したイタリア人女優アンナ・マリア・フェッレロと共に、パリに在住。
1976年11月15 日、イル・ド・フランスのオーベルヴィリエ生まれ。祖母は舞台女優で、2歳の頃からモデルとして広告やテレビCMに出演し、9歳から演劇学校に通い始める。10歳で『蒼い衝動』(ジャンフランコ・ミンゴッツィ、87)に出演し、映画デビューを果たす。『冷たい水』(オリヴィエ・アサイヤス、94、劇場未公開)、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(クロード・シャブロル、95)、『カップルズ』(エドワード・ヤン、96)、『8月の終わり、9月の初め』(オリヴィエ・アサイヤス、98)などに出演、1999年頃からハリウッド映画にも進出し、『ザ・ビーチ』(ダニー・ボイル、00)ではレオナルド・ディカプリオと共演した。その他の出演作に『8人の女たち』(フランソワ・オゾン、02)、『ボン・ヴォヤージュ』(ジャン=ポール・ラプノー、03)などがあり、『マリー・アントワネットに別れをつげて』(ブノワ・ジャコ、12)ではロリータ・シャマと共演している。これまでに、セザール賞主演女優賞に三度ノミネートされている。
1977年7月、仏ソワジー=シュル=セーヌ生まれ。『Les amoureux』(カトリーヌ・コルシニ、94、未)で映画デビューし、映画監督としても活躍している。主な出演作に、ミステリー映画『Peau d'homme coeur de bête』(ヘレン・エンジェル、99、未)、『Dernière séance』(ローレン・アシャール、11、未)、『Jours de France』(ジェローム・レーボー、16、未)など。エディット・スコブ、カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・ルブランらが出演したポール・ヴェキアリ監督の『劣等生』(15、劇場未公開)では、ヴェキアリの息子役を演じた。