リスボンにある、視覚障害者のための診療所。ここでは古い修道院に無償で場所を借り、世界各国から集まった患者たちに治療やトレーニングをおこなっている。そこにひとりの男がやって来る。彼の名はイアン、診療所にいる盲目の子どもたちを相手に“反響定位” の方法を教えるインストラクターだ。これを身に付ければ目が不自由でも視覚障害者用の白杖を使わずに外へ出て、自分を取り巻く環境を探求することも可能なのだ。白杖なしで自由に歩けるイアンの目的は、自身の技術や信念を伝授すること。生徒たちを危険にさらさないことを条件に、イアンは診療所で働き始める。
授業を受けるのは、さまざまな人種からなる子どもたちや10 代の若者たち。イアンは生徒たちの好奇心をあおり、勇気づけ、ときには少々危険を伴う行為にも挑戦させる。はじめは白杖を使わないイアンを不審気に見ていた生徒たちも、その独創的な授業にだんだんと夢中になっていく。だが、そんなイアンの授業が、生徒たちの安全を第一に考える診療所側にとって懸念すべき問題になりつつあることを、彼はまだ知らない。
イアンの部屋の隣に暮らすのは、外国からやって来た成人女性のエヴァ。自室に籠もり誰とも口をきかずにいたが、次第にイアンに興味をもち、ときどき部屋を抜け出て彼の授業の様子を探りにくるようになる。やがてエヴァはイアンのノウハウを習得して、自分も自由に動き回ろうと決意する。ある日イアンとエヴァは、思い切って白杖なしで外へと出かけていく。迷路のようなリスボンの街角、路面電車やバイク、車の通過音、人々の足音、木々のざわめき。さまざまな音や匂いを楽しみながらたどり着いたバーのテラス席で、自家製ワインを楽しむふたり。イアンは、「この近くには港があり、そこに大型客船が出入りしているはずだ」とエヴァに語ってきかせる。
そんななか、イアンは診療所側から一方的に解雇通告をうける。これ以上彼の授業で生徒たちを危険にさらせないというのだ。残りたいと嘆願するイアンだが、彼の希望は受け入れられない。一方エヴァのほかにも、イアンの行動を興味深く見つめている生徒がいた。青年セラーノだ。彼はイアンを憧れの目で見ながらも、彼の語ることはすべて噓なのではないかという疑いも抱えていた。こうしてイアンがエヴァに話していた大型客船の存在を確かめに、セラーノとイアンは夜の街へと冒険に出かけていく。
やがてイアンが診療所を去る日が来る。ひとりさびしく街へ向かう彼。悲しみの表情に暮れる生徒たちを後にして、エヴァがイアンを追いかけ外へ出ていく。ふたりは果たして出会うことができるのだろうか。そしてイアンの言う「船」は本当に存在するのだろうか……。
※日本では道路交通法第14 条により、目が見えない者(目が見えない者に準ずる者を含む)は、道路を通行するときは、政令で定める杖を携え、又は政令で定める盲導犬を連れていなければならない、と定められています。